O2.How To Build GH?②

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  1. 木の家
  2. GH の源流と木材の話
  3. 合板の話
  4. GHパネルには作法がある。
  5. パネルをつくる
  6. 断熱・気密の効用と窓の機能
  7. 設備機器(キッチン)
  8. 設備機器(ユニットバス・トイレ)
  9. 照明
  10. ライフライン
  11. 太陽光発電その他
  12. 室内温熱環境と GH
  13. GH-BOXという考え方

1.木の家

 木の家を好むのはなにも日本人だけではない。北米(アメリカ・カナダ)、欧州北部(とりわけデンマーク・ドイツ以北の北欧地域)の暮らしは木の家とともにある(ありたい)と言えるほどである。それほどに木は愛されているし、森林への思いは日本人どころではない。だが欧州の森林はこれことごとく人工林と言っても過言でないほど人の手が入っている。美しい森なのである。

 たいするに、日本は島国でありながら国土は 70 %が山林であり、まごうことなき大森林国なのであるが、最近のエコブームにも関わらず緑なす山々は遠く眺めるものでわざわざ森に分け入る人は案外に少ない。モンスーンアジアの湿潤な気候に育まれた比較的急峻な山肌にこびりつく広葉樹林に入るのはそれだけでもたいへんなのである。もうひとつの原因は、 1950 年代から 70 年代半ばまでの一大拡大造林によって何と全山林の半分近くが杉などの針葉樹林に変貌したことにある。お山の杉の子という歌があるが、たいていの杉林は殺風景で、ハイキングには適さない。

 それでも日本人は木の家に固執する。鉄骨プレハブなどの大手ハウス企業がどれほど力を注いでも、そのシェアは依然として限定的なものでしかない。

 だが肝心の木の家は、時代とともに大きく変遷してきた。現代の標準的な家づくりに、「床の間」や「二間続きの和室」、あるいは縁側という(庭の)自然と暮らしの間合いをとるための知恵(スペース)を見ることはまれである。司馬遼太郎は「われわれ(の美意識)は、室町の子である」と言ったが、住まいを見る限り、それを思い出させる新築風景はもはや遠い記憶になりつつある。とくに、柱、敷居、鴨居、長押し(なげし)、回り縁等々の意匠によって特長的な真壁づくりの家へのこだわりはひどく遠のいたとしか言いようがない。

 しかし考えてみれば、それはそれでしかたがない。京の町や立ち並ぶ甍がいかに造形美としてすぐれていても、それは先達たちがつくり上げたものである。忙しい現代の暮らしのデザインまでもがグローバル化した今日、過去への憧憬ではとうていすまない現実というものもある。

2. GH の源流と木材の話

 GH は北欧住宅の標準的な構法に準拠して展開されている。使用される木材もスウェーデンからの輸入である。北欧三国(スウェーデン・ノルウェー・フィンランド)は、スカンジナビア半島に折り重なっているが、それらに共通するのは極北の木材資源国・生産国であるということである。そこに広がる森林風景は、じつは人為的自然である。植生は大きくはトウヒ属のホワイトウッドとマツ属のレッドパイン(欧州赤松) であり、後者の良質材はとくに家具材として有名で、脂(ヤニ)をはんでいるので水気にも強いことから木製窓の枠材にも用いられる。家の構造材に使用されるのはむしろホワイトウッドの方である。

 北欧住宅は日本ではなじみの枠組壁工法住宅(これは日本式の呼び名で、北米のツーバイフォー工法)という壁式パネル住宅が一般的である。しかし用いられる木材の部材規格は北米が 38 ミリであるにたいして 45 ミリあり、おおむね「骨太」である。

北米規格
北欧規格
高さ
高さ
38
89
45
95
120
140
145
184
170
234
220

 日本のツーバイフォー住宅は今でも壁厚 89 ミリ材を用いるが主流であるが、北米ではすでに断熱性能の見地から 140 ミリであることが一般的で、 89 ミリ材はカーポートや倉庫にしか用いられないのがふつうである。このことは日本ではあまり知られていない。

 北欧住宅の標準的な壁厚は 170 ミリである。 GH はこれを採用している。日本では某メーカーが 120 ミリ厚の壁を使って北欧住宅を謳っているが、現地ではバルト海岸のサマーハウス(夏期の休暇小屋)にしか使われない。スウェーデンでも極北地帯では 220 ミリが壁厚となり、最近では欧州議会の決議( CO2 排出ゼロの家)を受けて 500 ミリ厚の断熱を保証する壁が実験的に模索されている。さすがに日本でここまで必要かというと議論が分かれるかもしれない。

 壁パネルを合理的につくるためには、パネルを構成するための部材寸法をあらかじめ算出してプレカットし、これを組み立ててさらに壁面を構造用合板によって釘止めしていくという作業になる。ツーバイフォー( 38 × 89 )ならば比較的軽量なので容易であるが、これが 45 × 170 となると人力だけではとても手に負えない。組上げたパネルも 4 メートルぐらいの長さになると、人手では動かすこともできないほどの重量で、製造段階からはじめて現場組み立てまで風景はおよそ一変する。それだけに、上棟時に比べると、違いはおのずとあきらかで、さながら木材のビルデイングのように映じる。トウヒ属独特の木のにおいに包まれて、じつに心地よいものである。

 北欧三国で産出される木材は人工林であると言ったが、森と湖の国ともいわれるこの地方では植生は植林から伐採までほぼ 80 年~ 100 年と決められている。日本の杉は一部の産地を除けば平均 45 年ぐらいで伐採利用されている。年輪の緻密さはしたがって比較にならない。それは強度にもあらわれる。とくに曲げヤング係数(曲げ強度)において歴然の格差があるのである。

 よく日本の風土で育っていないので弱いのでは?と聞かれることがある。これは木造建築を知らない人たちの質問である。木材は、これを建築材として用いる場合には、その保持状態、正確には置かれた環境によって寿命が大きく左右される。わかりやすく言うと、極端な湿気にさらされたり、雨漏りで長く傷められたりすれば、いかなる木材でも腐るのである。日本でも、断熱住宅に取り組んだ初期にこの失敗が多く見られた。そこでさらに外国に学んで、通気工法という手法が今では半ば義務付けられている。壁と外壁にあいだに通気層を取ることで、木質材料を過剰な水分から守るのである。法隆寺の木材がこれほどの期間長持ちしたのはその樹齢にもよるのだが、それだけではない。巨大な柱に用いられた樹齢数百年のヒノキ材とは別に、屋根の垂木(たるき)の材料は比較的若木(数十年)に属しているものも多い。ところがこれらの木材は立派に持ちこたえているのである。要は用い方である。

 ツーバイフォー工法はそもそも 1960 ~ 70 年代の日米貿易摩擦による交渉で住宅工法が輸入されたことに始まるのだが、現在日本で使用されている木材の 90 %以上はじつは米国ではなくカナダ産である。一般に、 SPF (スプルス・パイン・ファー)という材種の混交林から産出されるのでこう呼ばれている。学名的には数十種類におよぶほどの混血材である。これもまた 80 年周期ぐらいで伐採利用されている。

GH ではこれまでスウェーデンの木材にこだわってきている。もちろん、建築的には木材はその品質や強度が証明されれば、何でなければということはない。

GH でとくにムクのフローリングとして用いられる広葉樹がバーチ(樺桜)という木である。とても堅くて丈夫でこれは欧州でも人気のある木材であるが、北欧ではレッドパインのフロアが多く用いられる。広葉樹に比べるとキズはつきやすいが、経年変化で飴色に変わっていくと実に味わいが出て来る。そこまでになるとむしろあれこれのキズも暮らしの記憶として風格に感じられるから不思議である。北米ではオーク材が珍重されるが、変わったところではフランスの米マツのフロアというのもある、これをワインレッドの染料を用いて塗装すると、じつにおしゃれな雰囲気になる。

 巾木(ハバキ)回り縁(マワリブチ)というのがある、なぜあるかは誰にもわからないのだが、洋の東西を問わずあるところからみると理由があるのだろう。これらは造作材と呼ばれて、室内にアクセントをもたらす。足が壁にあたっても壁を保護する役目はありそうだ。しかしどうしてもなければならないかというと、そうばかりも言えない。このあたりまでくると、しつらえについての審美眼の世界に足を踏み入れることになる。

 近代日本では、和風の住宅の室内で洋風の生活をすることのちぐはぐさから、何とかならないかと数多くの建築家が取り組んできた。最も有名なのは、吉田五十八という明治生まれの建築家で、太田胃酸で有名な薬種問屋の息子であった。かれは、それこそ柱や長押しや回り縁を取り去るためのデザイン研究に邁進し、結果、近代数寄屋というジャンルを押し広げていった。和風住宅でありながら、洋風の暮らしがマッチする住宅の開発である。余談ながら、戦後のプレハブ企業はかれによって救われたようなものである、何しろ鉄骨の柱がむきだしの家などあったものではないのだから、「柱や造作材のない和室」はありがたかったはずである。今では、伝統的な木造住宅を標榜する工務店でも「大壁洋風デザイン」がふつうで、ために今度はその反動で、せめて壁や天井に板を張って「自然派住宅」として演出するなどという意匠も流行り出した。歌は世につれるというが、家に使われる木材のありようもそうであった。

 個人的に言うと、とくに針葉樹材を過剰に用いると、木目が強く溢れかえって、なにかあつくるしい気がする、というのはぼくだけか。何でも過剰はよくないように思うのだが。

 バルコニーやデッキも木材の出番である。しかしぼくにはどうもバルコニーというのはわからない。日本の木造住宅のしつらえとしてはどうしても理解できないもののひとつである。バルコニーはつまりは洗濯物干し場にしかならない。最近では洗濯機も乾燥機付きが一般的になったのだから、何が何でも外に向かって下着を干さなければというのはいかがなものだろう。バルコニーを広くとって、たまの朝夕にはここで茶を飲む情景を夢見てももちろん妄想で、そんな習慣はそもそも日本人にはない。

バルコニーはじつは建築屋泣かせでもある。雨漏りの原因の筆頭はここにある。うっかりするとバルコニーが1階部分に食い込んできて構造的にも無理を強いられるのがこのあたりである。できればおやめなさいと言いたい筆頭がこれである。

 縁側なきあと、庭先の自然との紐帯役を仰せつかったのがのがデッキである。まだしもこれの方が無理はない。ただし、自然界に暴露された木材はとうぜんのことながら雨風に浸食されついには腐朽する。塗装によって保護膜を維持するつもりのない方にはやはりお勧めできない。また、せかせかした生活に負われる日本人には日光浴という習慣はない。しかしデッキはうまく用いればじつに心地よいものであり心をゆたかにしてくれる。デッキ材の代表格は北米の米杉(じつはヒノキ科)であり、レッドシダーと呼ばれている。最近では亜熱帯の広葉樹も用いられる。こちらの方が断然丈夫である。

 内装用パネルといって、天井や腰壁に張っていく板材材料がある。近年では安価で明るい材料として北欧のホワイトウッドがよく用いられる。北欧材には小節がたくさんあるのだが、それがむしろよいというのである。張るには手間のかかる仕事であるが、クロス一辺倒ではもの足りないという「自然派」の施主さんが好むようである。これが北米調となると品のある米杉やさらに高価な広葉樹のパネルに変じる。甲論乙駁で、それぞれに好き嫌いがある、要するに、木の家を感じさせる真壁づくりが遠い記憶の世界になってしまった現在、それに代わるあらたな木質とのふれあいを求めているというわけである。

3.合板の話

 合板や LVL や集成材を、まとめてエンジニアリングウッドと呼ぶ。工業系木材ということになるだろうか。

 2 メートル前後の原木丸太をロータリーレースという機会を用いて表面から 3 ~ 4 ミリの厚さで剥いていき 1 メートルほどに切って単板というのをつくる。これに接着剤を塗って木目を互い違いに交差させて重ねていきプレスすると複層のあらたな材料(合板)ができる。厚いものでは 28 ミリ程度のものもあり、これだけの厚みがあれば伝統的なネタ材を使わなくても床ができてしまう。しかも剛性にすぐれた床面になるので地震対策にもなる。そういうわけで、この手法は広く普及されつつある。

 木目を同じ方向でつまり並行させて張り合わせたものを LVL (並行合板)と呼ぶ。こちらは建築的には構造用材料として使用される。細い原木丸太から大きな材料がつくりださせるという面白い発想である。 105 × 450 などという断面を簡単に作ってしまう。

 床剛性にたいして壁剛性というものがある。じつは GH もそうだが、木質パネル住宅工法の本質はむしろ合板による平面剛性に立脚している。 9 ミリ程度の合板は重いものを乗せれば簡単に曲がるのであるが、これを枠材部分に釘で止めつけると木材と合体してきわめて強い壁面を構成できるのである。枠材で箱をこさえても横から力を加えると、あっけなく斜めに傾く。ところがこれに面材(合板)を張ると、とてつもなく強くなって踏ん張るのである。この、箱は強いという性質をうまく用いたのが枠組壁工法(枠と合板壁)という壁式住宅の基本原理なのである。

 工業系木材は木材ではない、接着剤を使っているので弱いのでは、と疑う人たちもいる。しかしこうした批判にはあまり根拠がない。たとえばストックホルム駅の大ホールには、接着剤を用いた巨大な構造材が使用されてすでに 100 年を経過している。接着剤はじつはきわめて丈夫なのである。そういえば、正倉院の御物でもあるさまざまな箱は、ニカワを用いて接合されてすでに 2000 年である。木材の板を接着剤でつなげて重量をかけていくと接着部分ではなく木材部分が折れてしまう。簡単に実験できるので試すことができる。

4.GH パネルには作法がある。

 壁式パネル住宅には作法がある。小なりとは言え、住宅は立派な建築物であり、相当の重量物であるから、重力の法則を受ける。屋根の重みはパネルの枠材を通じて下へ下へと伝わって基礎をつうじて地面に達する。このことを無視するととんでもないことになる。さらに室内を埋める家具やその他の重みも考慮して枠組みを考えていくことになる。北米や欧州さらには日本の建築学会の長い経験と研究によって、これらはその材料の規定から用いられる釘や金物の品質基準や本数、そ使い方まで厳密に基準がつくられ、遵守が求められている。

 他面で、これらの準則を詳細に眺めていくと、木材の利用に秀でた職人の直感的な経験の蓄積といろいろな面で符合していることもわかってくる。たとえば二枚の板を張り合わせると 1 枚の時よりも長い空間でよく重量に耐えられるという規定がある。ここで言う「長い空間」のことをスパンと呼ぶのだが、昔の大工職人さんは直感的にこのことを知っていた。梁はより太いものを使えばスパンを飛ばせるという技法が伝承されてきたのである。そういう目で準則を眺めると、きわめて面白いのである。

 平面剛性という考え方はとても面白い。合板の代わりになる新材料として OSB というのがある。もともとカナダの川べりに繁茂するアスペンという建築的には雑木に類する木材がある。これを砕いて薄い切片にし、ふるいにかけながら木目をそろえつつ接着していく。こんなものがと思う。実際、ぐにゃぐにゃして頼りないのであるが、これを面材として枠材に取りつけるとおどろくべき剛性を発揮するのである。木はじつに不思議な材料である。

5.パネルをつくる

 家づくりでは、これを構成する理にかなった構造体としての基本設計図(スタッド図)が作成される。スタッド図こそが最も重要なものである。この設計図をもとに、今度は製作や現場への配送や建て方の条件を考慮して可分割な壁パネルの集合体として再整理される。 GH では高さ 2650 ミリ、幅 910 ~ 5400 ミリまでをパネル構成範囲としている。床や天井や屋根は構造に即して別途に考えることになる。したがってたとえば横 5.4 メートル、奥行き 5.4 メートルの箱を考えるならばパネルは 4 枚で足りるということになる。

 析出されたパネルはそれぞれに固有の枠材で構成されているので、これらをパネル部品として抜き出して整理し、必要部品を算出する。これらの部品をつくる。部品を製作台の上で組みわせ、横面から釘打ちによって枠組を製作する。ついでこのパネルにたいしてあらかじめカットされていた面材(合板)を今度は上から釘止めしていく。

 床は独立して検討される。床もまた原理的にはパネルとして考えられていく。 GH 出は床パネルも事前に作成する。床でとくに問題なのは、やはりスパンと材料の関係である。同じことは屋根についても言える。

 こうして製作されたパネルや材料は建築上棟日を待って保管される。

GH パネルでは、窓は原則としてパネルに装着されて出荷される。木製 3 層硝子サッシともなるとかなりの重量なので、これを現場搬入して取り付けるのはたいへんな労力であることからそうしている。

6.窓

 開口部(窓)がなければ、家はただの箱になってしまう。窓は WIND-OW であるが文字通りでは風を通す穴である。窓があればあかりが取れるし、室内側から外部を眺めることができて外部環境との一体性が実感できる。

 しかし他方で窓はこれをつうじて室内側の熱を外部に放出する通路の役割をも果たしている。じつに 45 %の熱はここから逃げ出すという試算もある。反対に、戸外の空気の方が熱ければ、今度は室内側に侵入してくる通路に反転する。快適な室内を維持するためには窓は意外にやっかいモノでもある。

 こうした物理的な問題もあるが、窓は否でも目の行くこところで、室内の暮らしではとくに感性を刺激する大きな要素である。したがって窓に求められるのは機能だけではない。どのような窓であるかはじつは暮らしのおもむきにも多大な影響を与えているのである。これら双方の事情をふまえて窓が選定されることが望ましい。

 欧米の住宅ではやはり木製窓が最も好まれている。それは以上の理由に依っている。たいするに日本では何しろアルミサッシ窓が圧倒的なシェアを持っている。戦前まで鋼製サッシを一般住宅に用いることはまれだったのだが、木製窓は建具職人の一品生産に終始していたこともあって、戦後の爆発的な需要に応えられなかった。他方で、高度成長期は工業主義を基礎として展開されたことから、ビル用の工業系サッシが圧倒的な生産力で住宅の窓を席巻していったのである。その背景には、人々の工業信仰もあっただろう。日本の木製窓は可憐ではあったがおおむね粗野なつくりでもあり、未発達のまま大きな展開をとげることはなかった。木の国と自負するわりには、そうでもなかったというのが残念ながら日本の実情だった。

 対照的に、欧米ではむしろ木製窓の製造そのものの産業的自立を目指してきた。世界最大の木製窓メーカーは GH も採用しているスウェーデンにあるエリート・フェンスター社だが、年間の生産数は膨大で欧州全域ののみならず文字通り世界展開をとげている。欧州系の木製窓はほとんど 3 層硝子サッシであり、その断熱・省エネ性能は日本のペアガラスの比ではない。日本の建築の作法にはこれにかなったデザインの木製窓の普及が望まれるのだが、いまだしの感がある。奮起を望みたいところである。それにはやはり住宅建築における窓の役割にたいする日本人の覚醒が必要である。事は建築的美意識の問題でもある。

 さりながら、木製窓はそれが外部にさらされることから、一定のメンテナンスを必要とすることは事実である。うるさいわりにはセルフメンテナンスをおっくうがり、メンテナンスフリーこそが工業文明の進歩であると固く信じてきた日本人にとってはやはり再考を要する場面である。その昔、木に囲まれて暮らしてきた日本人は、雑巾がけやヌカ袋で板の間や廊下や建具を磨くことは当然であり暮らすためのルールだと思っていた時代があった。これをすっかり忘れて、すべては新品か廃棄物かという二分法に身を任せてきた。そろそろ反省すべき時期なのである。

 それでもおっくうだと言う人にはアルミクラッド仕様と言って、外側だけをアルミで被膜した木製サッシもある、ただ少々お高い。

 ともあれ、窓は重要である。同時に、断熱効果という観点からは今後の玄関ドアは当然断熱性能が求められることにも留意すべきである。

7.断熱・気密の効用と窓の機能

 GH のひとつの特長は、家のほこりが少ないことである。これはオーナーさんが一様に気付いて口にしているからもまちがいない。ほこりはつまるところ風に運ばれて隙間から侵入してくる。気密性能で 0.5 ( K 値)以下であるのだからある意味でこれは当然なのかもしれない。しかしそれだけではないような気がする。

 じつは GH の暮らしで一番目立ない大きな特徴がある。窓を開放する時間が僅少であるという事実である。シックハウス症候群などというあらたな病が喧伝されたり、中途半端な気密断熱施工の結果、開放型ストーブを使用しているなどの理由で、「時々窓を開けて新鮮な空気を取り入れましょう」などと呼びかけたりしている。 24 時間換気を義務付けておりながらこれは何だと不思議に思いませんか。

 GH では気密性が高いのと断熱性能が圧倒的なので、窓は閉じておいて方がはるかに快適なので、いつかしらずか窓を開放する機会が減じているのです。よく木製窓には網戸がつかないの?と聞かれます。 GH では網戸はオプションなのです。網戸はいつ使うかというとたいていは暑い夏の夜に「涼風」を取り入れたいがためなのです。ところがエアコンを少し回しただけで、あるいは除湿機能だけを用いただけでもきわめて快適な室内空気環境になるために結局網戸は使わなかったという事例が普通なのです。

都市部での最近の酷暑では、外気の方が室内よりも高かったという笑えない話もあります。

 これらが相乗してほこりのたたない家になっている、これが事の真相です。高断熱住宅が掃除回数を減らすのです。

8.設備機器(キッチン)

 システムキッチンというコトバほど人口に膾炙したものはない。キッチンこそは暮らしのど真ん中に鎮座すべきというのが最近の傾向で、メーカーは競ってあらゆる機能を盛り込んで購買意欲をそそろうと頑張っている。個人的には流行りの人造大理石よりもステンレスのワークトップの方が好きなのだが、はてそれ以外の機能となると首をかしげる意匠の多さにおどろかされる。自分などは、食器洗浄機にはどうしても馴染めず、むしろ手洗い派で通しているのだが、やはり主婦の身になればこれは捨てがたいのかもしれない。しかし何と言っても調理の動線からみて鍋釜類の置き場の合理性は捨てがたいところである。自分などはフライパンをはじめ何でも目の前にぶら下げておいた方が、はるかに合理的で使い勝手が良いのではないかと思うのだが、何しろ美しく暮らすには何でも隠すべきであるというセールストークが聞いていて、そうもいかないらしい。

 しかし一考を要する重大な問題ではないかと思う。いままで見てきた中で最も感心した「システムキッチン」は岩手の花巻の老夫婦の瀟洒な家のキッチンだった。ステンレスの大きな(長い)ワークトップだけを入手して後はすべて大工さんに頼んでつくってもらった手作りキッチン。車椅子でも使用できるように要所が大きく開いていて、鍋釜類も取りだし安いように棚式になっていて手作りのカーテンが引いてあるだけ、あとは小引き出しがついていて、日常使うものは要するにすべて手が届く範囲に置く。使用頻度の少ないものは別の離れた棚にしまい。必要なときだけ取り出す。市販のごみ箱もワークトップの下に配置して、ハイおしまい。奥様がけらけらと笑う幸せそうな顔が今でも浮かんでくる。要は、もう一度原点から考え直すことをお勧めしたいと思うのである。

 いつぞやテレビで有名なコルビジュエのマルセーユの高層市民住宅の取材番組があった。そこにはじめから住んでいるというおばあさんが説明していたが、調理台の換気扇の斜めの蓋をあけると何とフライパンやお玉がぶらさがっているではないか。狭いけどとても使いやすくて一番のお気に入りの場所なのだそうだ。考えさせられる一幕だった。

 こういう展開の基礎には、セルフビルドという考え方がある。家には決して完成というものはなく、完成形というものもない。家族の肖像の変化とともに変化していくのであり、成長していくものだというのである。お仕着せのこだわりを捨てて、もっと自由な発想で取り組むと、がぜん面白くなるのも家づくりだという典型である。

9.設備機器(ユニットバス・トイレ)

 使っていればくたびれるのはあらゆる設備機器に共通の特質で、そう言う意味ではお風呂もまた例外ではない。組立式ユニットバスはその名の通り理解すればくたびれたら取り替えればよい、ということだと思う。そこはたいへんおもしろい。

 面白いと言えば洗浄シャワー付きトイレはまさに日本の傑作。お持ち帰りになる外人まで現れるというからたいしたものである。昔、パリの場末のホテルに泊まったら、女性用ビデがあらわについていて何のことかわからなかったが、さすがに日本人的きめこまさはそんな無粋はしない。必要な時、必要な分だけしゃしゃり出て来る。

 それにしても高齢化社会に入り、自分もいつかは車椅子の世話になるかもと考えれば、トイレのスペースと設計には多少の気遣いをしておくことは必要である。

10.照明

 昔、日本が貧しく、電気を不自由なく使えることがそのまま豊かさの証明であった時分に一大ブームとなったコマソンがあった。「明るいナショナル」(現在のパナソニック)という歌である。何しろそういうわけで、日本の家の一大特長は、どの部屋も真昼のように隅々まで照らし出される過剰なまでの人工照明灯の設置である。欧米の映画やテレビドラマを注意深く見ていれば、日本の「明るさ」は異常なほどであることに気付く。あちらでは、本を読むにしてもくつろぐにしてももっぱらスタンドを使って必要な灯りだけで済ましている。考えさせられるところである。

 そういうわけで、照明に関しては今一度再考の余地がある。落ち着かないのは明るすぎるからなのだ。陰翳を礼賛し、障子越しの明るさをよしとした日本人の美意識は取り戻したいところである。

11.棚

棚は、うまく用いると便利だけでなく、暮らしを演出するすぐれものである。同様に、簡素な物入れのしつらえも大事なことである。

12.ライフライン

 ライフライン(水道・電気)は言うに及ばず、家の神経系統であり、生命維持装置である。都市ガスを加えてもよい。むき出しの配線・配管にこだわる人もいるくらいで、実際その方がメンテナンス上はいいに決まっている。しかし言うは安く、実行に移す人も少ない。なぜだろうか?

13.太陽光発電その他

  再生可能エネルギーはまさにブームである。しかしこの周辺の情報は不確かで、そもそも本当に経済的なものかどうかの検証が希薄なのは気がかりである。太陽光発電はその代表格であろう。 GH 仕様の住宅で、 4 人家族でオール電化で月々の電気料が 8000 円そこそこで暮らしている家族が実際にいる。 ( 冬季はさすがに1万円を超えるという )  この家族が太陽光発電を付けたところで、どれだけのリターンがあるかと考えるとずいぶんあやしい話ではないかと思う。 太陽光発電を考えるよりも、今一度軒の出を見直すことの方が、はるかに効用があるという主張はたしかに突飛な考えかもしれないが、しかしなまじそれは本気な話で、ことほど左様に、そもそも住宅建築において考える課題はいまだたくさんあるのである。

14.室内温熱環境とGH

 熱損失係数という数値がある。室内の熱は、床・壁・天井という構造部位とこれに加えて窓(開口部)という4つの部位をつうじて移動するのであるから、これら全体の熱抵抗値をバランスよく配置して、熱効率の高い(数値の小さい)家づくりをするために考え出されたのがこの数値で Q 値と呼んでいる。

現在の世界標準は Q 値で 1.4 以下とするカナダの R2000 住宅である。この戦略的数値目標はすでに 1980 年に政府が発表し実践を重ねてきた。これにたいして日本はどうかというと、カナダには遠く及ばない次世代省エネ基準( 1999 年制定)を謳ったものの義務化もされず、ごく最近( 2011 年 9 月 19 日)になって 2020 年以降の義務化を発表したにすぎない。この遠く及ばない目標ですら達成率が 40 %に満たないという調査結果も発表されている。文字どおり、お寒い限りである。


 GH は明確に R2000 を超えることを目標としている。先駆的な実証研究によっても、「せめて R2000 の水準に近づけなければ省エネにはならない」という結論が出ているからである。(長谷川謙一氏、吉田博氏、松本真一氏による共同研究で、東北地方の「断熱住宅」の 300 棟から抽出したデータの詳細な分析結果が発表されている)

 GH 仕様あるいは GH が目標とする室内環境レベルを家づくりの基本にするということは、つまりは 2020 年をはるかに先取りする家づくりにはじめから挑戦するということである。「はるかに」というのは、従来型の思想から抜け出ない政府の方針では、新基準もまた中間的・段階的な改良にとどまることが必至だからである。この国にははじめから戦略的目標を掲げるという考え方はない。

15.GH-BOXという考え方

 家づくりは、多様であってよい。しかし住宅には性能がある、ということを今一度思い起こすべきである。そういう意味では、 GH はひとつの考え方にすぎないが、それでも重要な問題提起をはらんでいる。

 GH が目標とするのは、構造強度と室内温熱環境という家の理想を決定する2つの要素を、平易な建築手法で簡単に実現させてしまう構造体の提唱である。それによって、世界標準を上回る性能を今後の家づくりの標準として普及させていってはどうか、という提言である。